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医学部入試に「地域枠入試」というものがあることをご存じでしょうか?
卒業後、一定の期間「地域医療」に従事することを条件に、奨学金をもらえるなどのメリットがある入試制度です。
この地域枠が抱える現状と問題点を、データと医学生の実感から分析し、わかりやすいように「オーケストラ」で例えてみました。
多少わかりにくい箇所があるかもしれませんが、医療関係者でなくても理解しやすいように説明していきます。
(漫画 コウノドリより)
地域枠とは
卒業後、一定の期間「地域医療」に従事することで、奨学金をもらえるなどのメリットがある入試制度。
より詳しい説明は、具体例をもとに適宜くわえていき最後にもう一度まとめます。
まずは具体例1、Aさんの場合を見ていきましょう。
Aさんの場合
代々音楽家の家系だったAさんは、幼いころからオーケストラで活躍することが夢だった。多くの習い事や楽器をたしなみ、いわゆる”英才教育”を受けてきたが、音楽学校に入る試験では失敗続きだった。
そんな中、倍率が低く合格しやすいうえに奨学金ももらえる「特別枠」があることを知り、受験し見事合格、音楽家への第一歩を歩み始めた。
しかし、その特別枠は音楽学校卒業後9年間地方での公演を行うことを条件にしたものだった。とりあえず合格するために特別枠を利用したものの、Aさんは音楽を学ぶうちに地方での活動よりも指揮者としての道に興味がでてきた。しかし、地方で活動していては指揮者としてのキャリアは磨けない。ジレンマに苦しむAさんは、さらに学生時代に付き合った恋人からも地方公演での遠距離恋愛を理由にフラれてしまう。
地域枠のメリットデメリットが認知されていない
医学部入試は倍率が高く、狭き門です。そのなかで比べると、地域枠入試は一般枠よりも医学部に入りやすいという面があります。また、奨学金などで授業料が免除されることもあり、医師になるための近道と認識している受験生・保護者・教育者も少なくありません。
しかし、地域枠のデメリットは多くあります。医師のライフイベントを無視している点、専門医の取得が難しい点などです。これらのデメリットを知らないまま、あるいは知っていても実感のないまま18歳の時点で将来を誓う若者が多いのが現状となっています。
Aさんも入試に落ち続け、地域枠を救いの光と思い利用したものの、制度の詳しい仕組みは知らなかったようです。
卒業後の進路が決定している
「新医師臨床研修制度」が始まり若手医師が研修先を自由に選べるようになったため、大学病院に残らないケースが増え、地域医療を担う医師が不足し始めました。
それを解消するための「地域枠」制度なのですが、入学時点で地域医療への従事を誓わせる点に疑問の声があがっています。医療の現状を知らない高校生が、医学部合格と返済不要の奨学金を対価に、大学6年間+卒業後9年の計15年間の人生を強制されるのです。*1
誓約は守るべきだという意見はもっともですが、大学で医療について学ぶうちに興味のある分野が変わっていくことはよくあります。入学したときは、地域医療に奉仕するつもりでも、途中でより専門性の高い領域や別の病院に進みたいと思うことは珍しくありません。そんなときに、地域枠が”足枷”になってしまうのではないでしょうか。*2
Aさんは、指揮者になりたいけれど、地方公演では指揮者としてのスキルは磨けません。大学でのライバルは海外で有名な指揮者の先生のもとで修行しているというのに。。
専門医の取得が難しい
地域枠出身の医師は自治体が定める医療機関に勤めるケースがほとんどで、専門医の資格を取ることが難しい例もあります。
2017年度から導入される「新専門医制度」では、指導医がいる施設に一定期間勤務し、専門医資格取得のために必要な症例数を確保し、手技経験を積むことが専門医の取得に求められます。しかし、地域枠出身の医師が勤める病院では、指導医がいないことも少なくありません。そうなると、専門医の資格を取ることは困難になります。特に、専門性の高い診療科(いわゆるマイナー科)などではその傾向が強く、地域枠出身を理由に希望診療科をあきらめなければいけない可能性もあります。
では次にBさんの例を考えてみましょう。
Bさんの場合
中学生で聞いたオーケストラに感動したBさんは、オーケストラに携わる仕事がしたいと思い音楽学校を受験した。特別枠で入学し、卒業後も義務を果たしながら地方での公演を行っていた。
しかし、義務年数の半ばで遠方に住む高齢の母の介護が必要になってしまう。ひとりっ子のBさんは、やむなく仕事を退職して介護しようと思っていたが、ここで辞めてしまうと、奨学金の返済義務が生じてしまう。実は、Bさんは結婚していたが、職場を離れると奨学金を返さないといけなくなるので、結婚式も出産もあきらめて働いていたのだ。しかし、唯一の親を放っておくわけにはいかない。金利が膨れ上がり、2000万を超える奨学金の一括返済を求められてしまい途方にくれるBさんだった。
奨学金は膨れ上がる
地域枠における奨学金制度は非常に独特です。全国の医学部の94%は地域枠制度を有し、その地域枠の約7割は総額1000万~2000万円の奨学金が支給されています。
この奨学金はおおよそ9年間、指定の病院で働けば返済しなくていいというものなのですが、義務年数を果たさなかった場合は恐ろしいことになります。医師に地域で働いてもらうためのいわば”身代金”としての奨学金なので、返済を防ぐ目的で10%程度の金利が設けられています。さらに、多くの場合一括返済が求められます。
こうなるといくら医師の給料が高くても簡単には返せません。(概算ですが、卒業後に返すとしたら元の金額の倍近くにはなります。闇金ウシジマくん並みのぼったくり。しかも途中まで義務を果たすよりも早期にリタイヤした方が返済額が少なくなるという仕様です。)
ライフイベントを無視している
前述の奨学金制度に縛られて、医師によっては結婚や出産などのライフイベントを制限されてしまいます。Bさんのように結婚出産を諦めて働くパターンや、Aさんのように恋人と別れなければいけないパターンもあるのです。
各自治体の制度にもよりますが、卒業後に働く施設が指定されていたり、義務の猶予年数がなかったりする場合もあります。*3
猶予年数が十分にとられていれば、その間に子どもを産んだり、留学や資格をとったりすることも可能なのですが。
最後にCさんです。
Cさんの場合
特別枠のある音楽学校に一般枠で入学したCさん。卒業後は地方公演を主に活動していきたいと考えていたが、先輩から「地方公演は、特別枠のやつらが奨学金の代わりに島流しで行かされてるもので、おまえみたいな才能ある人材が行くところじゃない」と言われ、迷っている。しかも特別枠の人の方が給与や待遇がいいらしい。
一般枠との待遇の違い
地域枠でなくとも、地域医療に従事したいという医師はいます。しかし、地域枠があることによって、一般枠で地域医療に進むのは”損”という考え方もできます。
卒業後は同じ場所で働くのに、地域枠の学生は年に240万程度の奨学金をもらっていて、卒業した時点ですでに1400万の待遇格差があるわけです。確かに損な気持ちになりますね。
それゆえに地域医療は地域枠がやらされているものという考え方も出てきてしまいます。
Cさんの言われ方は極端にしても、一般受験で医学部に進んだ人が地域医療に進むことを妨げる要因にもなりかねません。
地方での子供の教育環境
地域に貢献したいという医師が、地方での勤務を諦めてしまう理由としてあげられるのが、地方が子供の教育環境に向いてないということです。
地方では子供の数が少ないので、学校や塾などの教育機関の選択肢も限られます。医師は自分の受けてきたような教育を子供にも与えたいと思う人が多く、地方が子供の教育に適していないと考えています。
他にも、医療現場以外で医師が地方勤務を諦める要因があり、これらを解決しない限り地方で医師が積極的に働くことは期待できません。
地域枠とは
「地域枠」制度は、地域医療を担う医師を養成し、地域医療の偏在解消に資することを目的とした制度で、卒業後に指定の施設で働くことを条件に、奨学金による授業料免除などのメリットが受けられる。
メリット
- 入試のハードルが低い(地元出身だと特に)
- 返済不要の奨学金がもらえる
- 地域医療に進みたい人にはぴったり
デメリット
- 卒業後の進路に制限がかかる
- 専門医の資格がとりにくい
- やむを得ない事情で離脱すると数千万の返済義務が生じる
- プライベート(恋愛など)にも影響がある
- 途中で考えが変わっても後戻りできない
まとめ
Aさんのように、仕事の面で自分の希望する進路に進めなくなるパターン。
Bさんのように、プライベートと金銭面でこまるパターン。
Cさんのように、周囲との差やまわりの目線が気になってしまうパターン。
これらのたとえ話から、地域枠制度が抱える現状と問題点が少しでも伝われば幸いです。
地域枠制度は、平成20年度から始まったばかりですが、すでに5年連続で入学者は1000人を超えています。このまま、地域枠出身の医師が増え続ければ、たしかに地方の医師不足は改善されるかもしれません。
しかし、現状の地域枠制度は未来ある優秀な若者の将来を”縛りつける”制度となっています。奨学金はまだしも、職業選択の自由(診療科の選択も含みます)は解消が望まれます。
さらに、最近新たな通知が厚生労働省からだされました。この内容は、地域枠の学生の名簿を作り、病院側に配布して、地域枠関連外の病院でのマッチングを禁止するというもので、たとえ奨学金を返しても地域枠から離脱することができなくなりました。
地域枠学生の義務違反を知りながら採用する病院に対しても、ペナルティとして補助金の削減を行うことが決定しました。
地域医療は、今後の日本にとっては必要不可欠な存在ですが、それを支える医師を取り巻く環境はいまだ十分とは言えません。医師の地域偏在、診療科偏在は根深い問題で、地域枠制度だけで改善されるものではないと考えます。
このまま地域に医師を”縛りつけよう”とするのではなく、地域に医師が”集まってくる”ような社会に変わっていってほしいと切に願います。
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追記
厚労省の会議などで、地域医療を維持するために地方勤務の医師は残業上限を”緩和”する案が出ています。時間外労働の上限を月160時間、年1920時間にする案らしいですが、そんなことをしたらますます医師が地方から離れてしまうことは小学生だってわかります。過労死基準は月80時間です、医師は2度死ぬ。
これに対する「全国医師連盟」の声明は素晴らしかったので見てください。医師会とは違いますね。
医療安全を脅かし、勤務医の過労死基準超の長時間労働容認に断固として反対する
1 厚生労働省が過労死基準超の勤務医の長時間労働を容認することに、断固として反対する。
2. 地域医療の維持と長時間労働改善を両立させる唯一の抜本的方法は、急性期病院の集約化による一病院当たりの医師数増加を基盤とした交代制勤務の導入である。
3 宿直許可基準を現状より緩和し、さらなる過労死、労働災害を発生させてはならない。
4 医療安全を脅かしている夜間勤務明けの連続勤務を防止するため、連続可能な労働時間を26時間以下にすべきである。
5 厚生労働省、日本医師会、各病院団体は医療提供体制維持が不可能である現状を放置してきたことを率直に詫び、医療の持続、安全性確保のため、急性期病院の集約化、再編が必要であることを国民に説明し、そのロードマップを明示すべきである。
参考文献
1)医師養成過程における 地域での医師確保 – 厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000182387.pdf
2)平成27年度地域枠入学制度と地域医療支援センターの実情に関する調査報告
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000120210_2.pdf
私は地域枠で入学した医学科6年生ですが、初期研修については縛りがない募集要項だったのに、初期研修から忖度しろとの連絡が学長からありました。今までの先輩方では県外に就職している人もおり、募集要項に違反していないのに、今年から縛り付けが厳しくなり絶望しています。
高校生のときに地域枠で入学しても、6年間という時間で取得したい専門や、結婚などのプライベートで将来の進路は変わってきます。
奨学金返済はわかりますが、募集要項に書いていない初期研修から縛り付けるのはいかがなものか?疑問があります。
後期研修でもどっておいで、と広い心で見送ってもらいたかったです。
締め付けるばかりのマイナスな考えで地域医療の問題は解決しないと思います。
”医学生やめたい”さんコメントありがとうございます。後出しで条件を変えてくるのはひどいですね。。地域医療の厳しい現状もわかりますが、マイナスなやり方ではむしろ人が離れていくだけだと思います。
”医学生やめたい”さんは そもそも入学自体が間違っていたのだと思います。