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日本の医師は義務感に縛られた「労働中毒」だ

「The Japanese medical care system is maintained by the Saint-like self-sacrifice of medical workers.」

訳:日本の医療制度は、医療従事者のまるで聖職者のような自己犠牲により維持されている

これは、アメリカのヒラリークリントンが日本の医療を視察したときにおっしゃったコメントです。

日本の医療は、世界的にみてもトップクラスであることは間違いないでしょう。

どこにいても、いつでも、だれでも、質の高い医療を安く享受できる。

しかし、その医療制度は医療従事者の凄惨な自己犠牲に支えられていると指摘されているのです。

 

日本の医療従事者は働きすぎ

 

今回はその中でも、「医師」にスポットを当てていきたいと思います。

日本の医師は働きすぎ

何度も繰り返しますが、日本の医師は世界と比較しても”働きすぎ”です。

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出典:勤務医の過重労働:酷使される勤務医の実態と、その解消策

同じ先進国の労働時間と比較すると、日本だけ過労死ラインを飛び越えて圧倒的なことがわかります。若い男性医師は週に80時間以上も働いているようです。

実際に働いている医師の話では、残業月100時間は当たり前、1日休める日はほとんどないと聞くので実態はもっとひどいのかもしれません。過労医師の自殺のニュースもなくなりません。

しかし、日本では

「お医者さんはお金持ちだから忙しいのは当たり前」という意識が根強く残っています。

また、働き手の医師自身も「忙しいのは仕方ない」とあきらめの境地に至ってしまっているのが現状です。

しかし、これから高齢社会がますます進んでいきます。団塊の世代が75歳を迎える2025年には国民の3分の1が65歳以上の高齢者になると言われています。

このような現場に負担を強いる医療システムを維持することは健全とはいえません。

なぜ医療者は”忙しい”のか

なぜ医療者がそんなに忙しいのか、働かなくてはいけないのかを「需要」と「供給」から考えてみます。

医療における需要と供給を明確に定義することは難しいですが、ここでは

需要:「病院を受診する人に対する医療サービス 」
供給:「医療者が提供する医療サービス」

とします。

日本の医療の特徴と問題点

日本の医療の特徴は「国民皆保険」「フリーアクセス」と言われます。

皆保険により比較的少ない負担で質の高い医療を受けることができるうえ、自分の好きな医療機関に直接受診できるフリーアクセスも保証されています。これは日本では当たり前ですが、欧米などの先進国でもなかなか実現できていません。アメリカでは、保険に入っていないと何千万といった医療費が請求されます。イギリスでは、救急を除きかかりつけ医の紹介がなければ大きな病院や専門医に診てもらうことはできません。何か月も順番待ちをしている例もあります。

これらの制度は患者の視点では素晴らしいものですが、問題点もあります。

保険のおかげで少ない自己負担で医療を受けることができるので、必要以上の受診が増えてしまう可能性があります。実際、OECDやISSPの調査によると日本の受診率は世界でもトップクラスになっています。

また、フリーアクセスの弊害として、過剰な医療が行われることが挙げられます。緊急度の判断ができない患者が軽症であるにも関わらず高度な医療機関などを受診すると、必要以上の医療資源が割かれてしまいます。

このように、日本は質の高い医療を安くどこでも受けることができるかわりに、医療資源の観点からすると無駄が多い仕組みになっているのです。

参考:OECD Health Statistics 2013

医療の需要

  • 寿命の延長・高齢者の増加
  • 高い受診率
  • 過剰な医療

これらによって医療の需要は増加しています。

寿命の延長、少子高齢社会がすすむことで、急性の患者より慢性期の患者が増えています。多くの疾患を抱える高齢者の病態をコントロールするには人的資源だけでなく薬剤などの医療資源も必要になります。

高い受診率でとくに問題視されているのは、高齢者です。現在の医療制度では高齢者の自己負担額が少なくされており、頻繁な受診につながっているのではないかと指摘されています。毎日のように診療所に通い顔なじみの人と井戸端会議をする、といった光景も珍しくありません。

また、休みのとりにくい日本の労働環境からか、深夜に受診する人、土日にICを希望する人もいます。そうなると夜勤や休日でも医師の仕事は増えます。

程度に応じた適切な医療が行われる体制が十分に機能していないことも問題です。必要のない検査や薬の処方は減らさなければなりません。不要な検査や治療を減らすことが業務の負担を減らすことにもなるでしょう。

 

このような医療の需要の増加が医療者の仕事量の増加となってきます。

 

医療の供給

  • 医師不足
  • 医師の地域偏在・診療科偏在
  • 医師の権限・責任
  • チーム医療
  • 当直

 

医師不足は常々叫ばれています。日本は人口1000人当たりの医師数が2.4人とOECD平均の3.3人を大きく下回っています。しかし、医学部の増員が進み、日本の人口が減っていくこと、機械化やタスク・シフティングがうまく進むと仮定すると、2040年には医師は余るとも言われています。

しかし、マクロな医師不足が解消されるとしても、医師の地域偏在・診療科偏在問題があります。現在のような過酷な労働環境では、いわゆる楽な診療科に人が流れていくことは止まりませんし、出産後の女性医師の復帰も難しいでしょう。地方や人手不足の診療科では今後も負担は大きいままでしょう。

医師の権限、それに伴う責任の大きさも、労働の過酷さにつながっています。チーム医療が推奨されていますが、いまだに医師の権限と責任は強いままです。タスク・シフティングしていくにせよ、毎回医師がGoサインを出さなければいけないような状況では根本的な解決にはならないのではないでしょうか?

当直(という名の夜勤)は医師の負担の筆頭です。本来当直は「常態としてほとんど労働する必要がない業務のみであり、病室の定時巡回や少数の要注意患者の検脈、検温等の軽度または短時間の業務に限る。」はずなのですが、交代制の夜勤を導入できるほど人と予算のない多くの病院では、当直している医師が救急患者の処置など診療行為も行っています。日勤→当直→日勤の連続30時間以上の勤務が当たり前。これでは疲労がたまり質の高い医療を提供できません。

 

義務感に縛られている?

さて、こうした需要と供給の両方に問題があることがわかりました。なかなか解決できない問題も多いにせよ、マインドセットを変えることで改善されることもあるのではないでしょうか。

完全主治医制がいい例だと思います。同じ医師が患者を受け持ち続けることで変化に気付けたり、信頼関係が結ばれたりといい面もありますが、これは医師一人に依存するシステムです。その医師が倒れたらまわらないようなシステムは良くないですよね。医師が休暇をとることもできません。

しかし、複数主治医制にするには多くの壁があるように思われます。多くの医師を集めること、チーム内での情報共有を密におこなうことなど。医療者間であっても、コミュニケーションエラーは少なくありません。多くの医師は理解することは得意でも、相手にわかるように伝えることが苦手だからです。さらに、「なにかあったら困るので自分に連絡してください」という人もいます。義務感に縛られているようにも感じます。

365日24時間患者のために尽くすことは美徳ですが、自己犠牲で疲弊するくらいならシステムや思想を変えていくべきだと思います。

紙ベースで無駄な作業が多い職場もまだまだあります。デジタル化することで、情報の履歴が残り、アクセスや共有がしやすくなります。機械化をうまく進めていくことで、手間のかかる業務を減らすこともできるでしょう。バイタルデータを自動取得する例

 

価格が安い、高品質、容易なアクセスという3つを同時に満たすことはできないとされるオレゴンルールというものがあります。日本の医療はオレゴンルールを満たさない例外、理想的な医療とされてきましたが、それは医療者の過重労働を前提とした砂上の楼閣だったのです。ブラック企業のような仕組みは崩壊しようとしています。

医療者だけでなく、国民の意識改革も必要です。医療者は奴隷ではありません。

ひとりひとりが当事者意識を持っていくことが大切なのではないでしょうか?

 

ありがとうございました。

1 Comment

ろどらっ

とても面白く読ませていただきました! でも、一方で医師の高給や社会的地位はそのお金にならない献身的な部分に対する見返りであったのかもしれないな、とも思いました。
20年後、医師の需給やAIによる働き方の変化が待っている医療界はどうなるのか? 現在の歯科医師、近い未来の薬剤師に近い変化を医師も受け入れざるを得なくなるのか? 5時に帰る医師は、朝まで泊まり込む医師と同じ社会的尊敬を受けられるのか? 尊敬を受けることの減った、一職業としての医師の姿は、果たして我々が憧れた姿であるのか? 疑問は尽きません。とーかさんのこれからの記事も、楽しみにしてます!

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